Entries
2013.05/28 [Tue]
ボランティア手伝い 宮古 気仙沼
5月25日(土)~27日(月)今回で5回目のギターの篠原先生、チェロの たのうち先生の 宮古ボランティアに今回もお供した、いつものアユーラの皆さんも。盛岡のYさんは産休で、新しい方が2名(若人男女)、総勢私も入れて、8名。
土曜日 盛岡駅出発、宮古までの道は新緑と藤の花が、所々にまだ、山桜が残っており 気持ちが良いドライブ、前回まで横目で見ていた、新しい道路も一部開通していた。
初日は初めての場所宮古第二中学校校庭の仮設住宅。ここの仮設は半分近くは空いている。
夜は何時もの お魚料理のお店、予約で満杯。少し飲みすぎた(自宅で一人ではそれほど飲みすぎたという事はない、当たり前?)
翌 日曜日は 何時もの中里団地の仮設だが、前から行って見たいと言っていた、浄土ヶ浜の青の洞窟サッパ船に乗った。エビ煎の袋が配られ、自分達が食べるというよりは、カモメが来るので、カモメ用。指先を咬まれないように。洞窟の中は狭いので、4人ずつの小船。一番奥の穴は八戸まで続いているという 伝説。 肉眼で見ているよりは、カメラのレンズを通しての方が青く見える。船頭さんに 毎日見ていてどうですか?と聞いたら、毎日、毎時間 違う表情を見せてくれて飽きないという。地震の時に丁度洞窟の中だったが、洞窟は崩れず、周りの崖が崩れて来たという。水深15M程の海が津波の引き潮で丸見えになったという。
午後は何時もの中里団地の仮設。常連のお客様?も半分位。
演奏とアユーラ隊のマッサージ終了後、アユーラの皆さんとお別れし、先生と朗読のSさんと4人で一路、気仙沼へ、宮古、釜石、大船渡、陸前高田を通って気仙沼へ入る道、私のカーナビ4時間半。途中で数箇所、三陸縦断高速が無料で通れたので、3時間でホテルに着いた、途中 山並みに 大きな 真っ赤な太陽が沈む、写真を撮りたいと思ったが車を駐車できない、直ぐに太陽は山並みに消えた。
ボランティア仲間の連携で、紫市場の仮設で寿司。
翌々 月曜日は 気仙沼市立落合小学校、気仙沼駅から車で15分の山奥。ここの小学校は全校14名の学童、教職員は7名ほど、校舎は鉄筋2階建てで大きい広い。昔は多くの生徒がいたという。ここは地震、と津波の被害は無かったので、ボランティアは来ない、生徒達は何故ここにはボランティアが来ないんだろう?という話を聞いて、篠原先生と たのうち先生が出向くことになった。
生徒達が自分の椅子を持ってきて座る。演奏、朗読など、生徒も先生達も一生懸命に聴いてくれた。お礼の校歌は元気良く、大きな声で良かった。終わってから生徒一人ひとり、座ってチェロを身体に当ててチェロの音の体感。皆 気持ち良~ぃ!という。先生達も興味深々。
終わってから再度、市内に戻り、大型の船が陸に打ち上げられ、未だ撤去されていない状態を見学。
帰りは中尊寺、金色堂を見学して、一関駅へ。3日間490Kmのドライブでした。
宮古第二中学校の仮設住宅にて
土曜日 盛岡駅出発、宮古までの道は新緑と藤の花が、所々にまだ、山桜が残っており 気持ちが良いドライブ、前回まで横目で見ていた、新しい道路も一部開通していた。
初日は初めての場所宮古第二中学校校庭の仮設住宅。ここの仮設は半分近くは空いている。
夜は何時もの お魚料理のお店、予約で満杯。少し飲みすぎた(自宅で一人ではそれほど飲みすぎたという事はない、当たり前?)
翌 日曜日は 何時もの中里団地の仮設だが、前から行って見たいと言っていた、浄土ヶ浜の青の洞窟サッパ船に乗った。エビ煎の袋が配られ、自分達が食べるというよりは、カモメが来るので、カモメ用。指先を咬まれないように。洞窟の中は狭いので、4人ずつの小船。一番奥の穴は八戸まで続いているという 伝説。 肉眼で見ているよりは、カメラのレンズを通しての方が青く見える。船頭さんに 毎日見ていてどうですか?と聞いたら、毎日、毎時間 違う表情を見せてくれて飽きないという。地震の時に丁度洞窟の中だったが、洞窟は崩れず、周りの崖が崩れて来たという。水深15M程の海が津波の引き潮で丸見えになったという。
午後は何時もの中里団地の仮設。常連のお客様?も半分位。
演奏とアユーラ隊のマッサージ終了後、アユーラの皆さんとお別れし、先生と朗読のSさんと4人で一路、気仙沼へ、宮古、釜石、大船渡、陸前高田を通って気仙沼へ入る道、私のカーナビ4時間半。途中で数箇所、三陸縦断高速が無料で通れたので、3時間でホテルに着いた、途中 山並みに 大きな 真っ赤な太陽が沈む、写真を撮りたいと思ったが車を駐車できない、直ぐに太陽は山並みに消えた。
ボランティア仲間の連携で、紫市場の仮設で寿司。
翌々 月曜日は 気仙沼市立落合小学校、気仙沼駅から車で15分の山奥。ここの小学校は全校14名の学童、教職員は7名ほど、校舎は鉄筋2階建てで大きい広い。昔は多くの生徒がいたという。ここは地震、と津波の被害は無かったので、ボランティアは来ない、生徒達は何故ここにはボランティアが来ないんだろう?という話を聞いて、篠原先生と たのうち先生が出向くことになった。
生徒達が自分の椅子を持ってきて座る。演奏、朗読など、生徒も先生達も一生懸命に聴いてくれた。お礼の校歌は元気良く、大きな声で良かった。終わってから生徒一人ひとり、座ってチェロを身体に当ててチェロの音の体感。皆 気持ち良~ぃ!という。先生達も興味深々。
終わってから再度、市内に戻り、大型の船が陸に打ち上げられ、未だ撤去されていない状態を見学。
帰りは中尊寺、金色堂を見学して、一関駅へ。3日間490Kmのドライブでした。
宮古第二中学校の仮設住宅にて
素晴らしいですね!
被災地のみなさんの喜んでいる様子が目に浮かびます。
ところで森のハーモニーさんの演奏は無いんですか?